人生入門 

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ズレ 笑い 否定性

 ジョルジュ・バタイユは「すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」と言った。その唯一の例外が人間である。
 「笑う動物」は人間だけである。そして、「笑いとは裏切り」とよく言われる。横を歩いてた友人が、急にバナナの皮で滑って転んだら、それは「笑い」になる。「横を歩く」という自明性に、「裏切り(否定性)」の亀裂が入ってしまったから。
 全てのことは、「笑う」ことができる。「否定性」とは「ズレ」である。熱心なフェミニストをみんなで笑う。それは、「動機」と「主張」が「ズレ」を起こしすぎていて、滑稽だからだ。ゴドーを待ちながらの「パロディ」の劇をする。パロディとは、オリジナルとの「ズレ」を笑うことだ。季節外れの蝉の鳴き声を聞いて、微笑む。それは、季節と蝉の声が「ズレ」ているからだ。
 世界と「ズレ」ている人間は、世界を笑うことができる。それは冷笑家に繋がるかもしれないし、ニーチェ的な大いなる笑いに繋がるかもしれない。人間という動物は、「対象」を創り出すことによって、それと共に「ズレ」「裏切り」「否定性」を世界に招き入れてしまった。
 世界とズレている人間の独白。「まったくあいつら、生きる意味なんて何もないのに、何を必死に革命だの労働だのしているんだ。全くバカバカしい。」
 「否定性」が極限にまで膨れ上がった結果、「世界の否定そのもの」と「世界」の「ズレ」を、笑うようになる人がいる。こいつは、世界の高みにたっているようで、実際は底抜けの深淵に落ちながら、地獄の窯の上で、笑っている。

 松本人志が、「笑うことは人間にだけ許された特権や」と言っていたが、その笑いは、絶望の乾いた笑いにしかならない可能性がある。笑いとは無の分泌に他ならない。笑いと虚無は双子である。

 人生笑って生きて、それでおしまい、という世界に生きるか、絶対に笑えない物を探すかどうかは、面々の御計らいである。